http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071003-00000002-oric-ent&kz=ent
花田勝氏(若乃花)は、2000年の3月場所中に引退を表明。年寄り「藤島」を襲名したが、引退後間もなく相撲協会を退職すると、夢だったアメフト選手をめざし渡米するなど、タレントやスポーツキャスターとして活躍した。ここ数年は、実業家としてちゃんこ店「ChankoDining若」など飲食店を手広く経営していた。花田家はこれまで、弟・貴乃花(一代年寄)との不仲問題や、藤島親方と藤田憲子さんの離婚問題など、トラブルが続出していた。
花田勝氏と恵美子さんが出会ったのは、美恵子さんが日本航空の客室乗務員時代だった。
美恵子さんの1年先輩で、当時を知る客室乗務員は「か細い感じで抜けるような色白の美恵子さんは、とても物静か。それでもひときわ目立つ存在でしたが、自分から率先して仕事をこなすタイプではなかった。フライト先でもみんなでワイワイ食事に行くようなタイプではなかったが、たまたま参加した合コンで若乃花関に見初められたようです」となれそめを振り返る。
美恵子さんは成城学園高校在学中から雑誌『オリーブ』のモデルとして活躍。成城大学卒業後の1991年に国際線のスチュワーデスとなったが、94年に若貴ブームの中、花田勝氏(若乃花)に“永久就職”した。
花田勝氏(若乃花)はその後、95年には横綱に昇進し、史上初の兄弟横綱となった。美恵子さんは故障に苦しみながらも奮闘する若乃花を陰で支え続けた。